大判例

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横浜地方裁判所 昭和56年(ワ)106号 判決

原告

三木総業株式会社

右代表者

堀田義生

右訴訟代理人

吉川晋平

佐藤啓

被告

村田哲郎

被告

有限会社桂田商事

右代表者

村田桂子

被告

株式会社東海クリーンサービス

右代表者

村田哲郎

被告

有限会社新光重車輛サービス

右代表者

藤忠司

被告

関東西山会神奈川連合藤沢道場

右代表者会長

池田勝宣

被告

大和中庸スポーツセンター

右代表者会長

シーザー武志こと

村田友文

右被告ら訴訟代理人

村上守

主文

一  原告に対し、被告村田哲郎は別紙物件目録記載の建物を、被告有限会社桂田商事、同株式会社東海クリーンサービス、同有限会社新光重車輛サービスは各自同目録記載の建物の一階部分(登記簿上の床面積四四八平方メートル)を、被告関東西山会神奈川連合藤沢道場、同大和中庸スポーツセンターは各自同目録記載の建物の二階部分(登記簿上の床面積四四八平方メートル)を、それぞれ明渡せ。

二  原告に対し、被告村田哲郎は金四五万円及び昭和五五年四月一日から別紙物件目録記載の建物の明渡済みまで一か月金一二〇万円の割合による金員を、被告有限会社桂田商事、同株式会社東海クリーンサービス、同有限会社新光重車輛サービスは各自昭和五五年一〇月二八日から同目録記載の建物の一階部分の明渡済みまで一か月金六〇万円の割合による金員を、被告関東西山会神奈川連合藤沢道場、同大和中庸スポーツセンターは各自昭和五五年一〇月二八日から同目録記載の建物の二階部分の明渡済みまで一か月金六〇万円の割合による金員を、それぞれ支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告村田において金三〇〇〇万円、その余の被告らにおいて各自金一五〇〇万円の各担保を供するときは、右各被告に対する仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  原告に対し、被告村田哲郎は昭和五五年二月一日から別紙物件目録記載の建物の明渡済みまで一か月金一二〇万円の割合による金員を、被告有限会社桂田商事、同株式会社東海クリーンサービス、同有限会社新光重車輛サービスは同年一〇月二八日から同目録記載の建物の一階部分の明渡済みまで各自一か月金六〇万円の割合による金員を、被告関東西山会神奈川連合藤沢道場、同大和中庸スポーツセンターは同年一〇月二八日から同目録記載の建物の二階部分の明渡済みまで各自一か月金六〇万円の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もと訴外株式会社横浜鉄工(以下「横浜鉄工」という。)の所有するところであつたが、訴外横浜信用金庫は、横浜鉄工から設定登記を受けた根抵当権の実行として、任意競売の申立が横浜地方裁判所になされ、同裁判所は昭和五二年四月四日競売手続開始決定(昭和五二年(ケ)第七九号事件)をし、翌五日その旨の登記がなされ、昭和五四年七月二七日、原告を競落人とする競落許可決定が言渡された。原告は、これに基づき、同五五年一月七日競落代金を納付して、本件建物の所有権を取得した。

2(一)  被告村田哲郎は昭和五五年二月一日以降本件建物を占有している。

(二)  被告有限会社桂田商事(以下「被告桂田商事」という。)、同株式会社東海クリーンサービス(以下「被告東海クリーンサービス」という。)及び同有限会社新光重車輛サービス(以下「被告新光重車輛サービス」という。)は、それぞれ、遅くとも昭和五五年一〇月二八日以降本件建物一階(構造上仕切がない)の一部分を使用することによつて占有し、また、被告関東西山会神奈川連合藤沢道場(以下「被告藤沢道場」という。)及び同大和中庸スポーツセンター(以下「被告スポーツセンター」という。)は、それぞれ、遅くとも前同日以降本件建物の二階(構造上仕切のない。)の一部分を使用することによつて、占有している。〈中略〉

二  請求原因に対する認否〈省略〉

三  抗弁

1  (短期賃貸借)

(一) 被告村田は、本件建物につき横浜信用金庫を根抵当権者とする前記請求原因1記載の根抵当権の設定登記が経由された後であるが、前記競売申立記入登記のなされた日の前である昭和五一年二月一日に、横浜鉄工から本件建物及びその敷地(大和市福田字丙五ノ区四六八九番地一)を賃借の期間を定めないで、賃料月額一〇万円として賃借し、同日、その引渡を受けた。

(二) 被告村田は、右賃貸借契約には賃借人が転貸するにつき賃貸人の承諾を要しない旨の特約が付されていたので、被告桂田商事、同東海クリーンサービス、同新光重車輛サービスに本件建物の一階部分を、被告藤沢道場、同スポーツセンターに本件建物の二階部分を、それぞれ転貸し、右転借人は各その引渡を受けた。

2  (留置権)

被告村田は、原告に対し、前記賃借権に基づき占有している本件建物に関して次のとおりの債権を有するので、その支払を受けるまで、本件建物の明渡を拒絶する。

(一) 必要費・有益費償還請求権

被告村田は、昭和五四年五月末日頃、本件建物を維持保全或いは改良するにつき合計一三三〇万八〇〇〇円を要する工事(その内訳は左記のとおり。)をなしたので、民法六〇八条に基づき、原告に対して必要費ないし有益費償還請求権を有する。

(1) スレート外壁工事 二五〇万円

(2) ガラス工事 四〇万円

(3) 鉄骨鋳落し 一〇〇万円

(4) 途装工事 一五〇万円

(5) コンクリート床張り替え工事 一五〇万円

(6) 屋根のふき替え工事 一五〇万円

(7) 鉄骨補強工事 一五〇万円

(8) 階段・便所新設工事 二〇〇万円

(9) 電気・動力工事 一四〇万八〇〇〇円

(二) 敷金返還請求権

被告村田は、横浜鉄工との間で前記賃貸借契約を締結するに際し、敷金一〇〇〇万円を交付したので、右賃貸借契約上の賃貸人たる地位を承継した原告に対し右同額の敷金返還請求権を有する。

3  (供託)

被告村田は、本件建物の使用収益に伴う対価として、原告宛に、昭和五五年二月から同五八年四月まで毎月五万円宛合計一九五万円を供託した。被告村田は、昭和五八年四月一五日の本件口頭弁論期日において、右供託金取戻請求権を放棄する旨の意思表示をした。

したがつて、原告の被告村田に対する請求金額の一部に充当されるべきである。

4  (相殺)

被告村田は、前記(抗弁2(一))のとおり、本件建物につき合計一三三〇万八〇〇〇円の工事費用を支出したので、民法一九六条、二九九条、六〇八条いずれかに基づき、原告に対して、費用償還請求権を有する。また、被告村田と横浜鉄工との間の本件建物の賃貸借契約には敷金一〇〇〇万円を契約終了と同時に被告村田に返還する旨の合意が含まれていた。被告村田は、原告に対し、昭和五七年五月一二日の本件口頭弁論期日において、右の費用償還請求権及び敷金返還請求権をもつて、原告の本訴請求中被告らに対して金員の支払を求める部分とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否〈省略〉

五  再抗弁

1  (抗弁1に対して)

(一) 本件建物については、横浜地方法務局大和出張所昭和五〇年六月二日受付第二一〇五二号をもつて債権者を厚生省とする差押登記がなされ、右差押に劣後する被告村田の賃借権は、原告の競落代金納付によつて、昭和五五年一月七日消滅した。

(二) 仮に被告ら主張の賃貸借契約が民法三九五条本文によつて対抗力のあるものとしても、既に契約成立後三年を経過し長期間に及んでいるので、原告が解約の申入をするにつき正当の事由がある。原告は、被告村田に対し、本件建物の明渡訴訟を提起し、本件訴状は昭和五六年一月二七日被告村田に送達された。

2  (抗弁2に対して)

(一) 被告村田が主張する賃貸借契約締結日である昭和五一年二月一日の時点において、既に本件建物には厚生省の差押と大蔵省の参加差押の各登記がされていたのであるから、被告村田は、本件建物の登記簿謄本を閲覧すれば、容易にもはや本件建物の占有を取得すべき権原のないことを知ることができたのであるから、被告村田は悪意の無権原占有者若しくは少なくとも占有権原がないことを知らないことにつき過失があるというべきである。

(二) 被告村田は、昭和五五年九月頃、被告新光重車輛サービスに対し、本件建物の一階を転貸したので、原告は被告村田に対し、昭和五七年五月一二日の本件口頭弁論期日において、留置権消滅の意思表示をなした。

六  再抗弁に対する認否〈省略〉

七  再々抗弁

(再抗弁2(二)に対して)

横浜鉄工と被告村田との本件建物を目的とする賃貸借契約によると賃借人が本件建物を他に転貸するにつき賃貸人の承諾を要しない旨の約定があつたものであり、原告は右約定を含む賃貸借契約上の賃貸人たる地位を承継したものである。

八  再々抗弁に対する認否〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

第一建物明渡請求について

一請求原因1、2について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2(一)  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

(二)  請求原因2(二)のうち本件建物の一、二階のいずれについても構造上数個の部分に区分しうるような仕切が存しないこと及び被告東海クリーンサービス、同新光重車輛サービスが本件建物の一階の一部分を、被告藤沢道場、同スポーツセンターが本件建物の二階の一部分をそれぞれ使用していることについてはいずれも当事者間に争いがない。右の当事者間に争いがない事実と〈証拠〉によれば、被告桂田商事、同東海クリーンサービス及び同新光重車輛サービスが本件建物一階部分の全部を、被告藤沢道場及び同スポーツセンターが本件建物二階部分の全部を、いずれも昭和五五年一〇月二八日以降、共同で占有していることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二1  抗弁1について

被告らが被告村田と横浜鉄工との間で賃貸借契約が締結され被告村田が横浜鉄工から本件建物の引渡を受けた日であると主張する昭和五一年二月一日より前に本件建物につき横浜信用金庫を根抵当権者とする根抵当権設定登記が経由されていたこと及び右日時より後に本件建物につき競売申立記入登記がなされたことは当事者間に争いがない。ところで、横浜鉄工から被告村田に本件建物が引渡された時期及び被告村田による占有開始時期における本件建物の使用状況について、これを明らかにする証拠としては、被告村田本人尋問の結果のうちに賃貸借契約締結の日(昭和五一年二月一日)に横浜鉄工から本件建物の引渡を受け、鉄道の枕木置場として使用した旨の供述部分があるほか、証人大木茂の右同旨の供述があるのみである。しかしながら、他方、〈証拠〉(北嶋守作成の昭和五二年七月二八日付鑑定評価書)には、「対象建物は、現況空家で保守状態が悪く、屋根外壁等が破損している。」、「対象建物は、昭和四五年四月頃建築され、(中略)二、三年前より空家となり保守状態が悪く、使用の為には、補修を要する。」旨の記載があり、また、〈証拠〉(横浜地方裁判所執行官渡辺隆作成の昭和五二年八月六日付報告書)には、「八月一日、現地を調査したところ、受命物件建物は無人の空家の工場で、屋根、羽目のスレートは破損し本件建物敷地はコンクリートで舗装してあるがいずれもスレートが散乱しており相当期間使用していない状態である。」、所有者に対して不動産賃貸借の右無について照会書面を発送したが回答がえられない旨の記載があつて、右各記載内容に照らして考えると、被告村田の前記供述及び証人大木茂の供述には直ちに措信することができず、ほかに前記競売申立記入登記のなされる前に横浜鉄工から被告村田に本件建物の引渡がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

右事実によると、被告ら主張の賃借権については、被告村田において借地法所定の対抗力を備えていなかつたため、本件建物の競落人である原告に対抗することができなくなつたといわざるをえない。

2  抗弁2について

被告村田において本件建物の競落人である原告に対抗することのできる賃借権を取得したことを認めるに足りる証拠がないことは前判示のとおりであつて、被告ら主張の被告村田の本件建物に関しての有益費等の支出はその主張の日時からみて、被告村田が本件建物に対する賃借権を主張しえないのになしたものであるから、右支出が本件建物の賃借人としての有益費用等の償還請求権の対象となるものでないことは勿論のこと、仮に、右支出が占有者としての償還請求権の対象となりうるとしても、被告村田の占有は右事実からみて不法行為により始まつたものと評価されるから、被告村田が右請求権を被担保債権として本件建物に留置権を取得するいわれはない。

第二損害賠償請求について

一証人吉川晋平の証言及び被告本人尋問の結果によれば、被告新光重車輛は昭和五五年一〇月ころ被告村田から本件建物一階部分を賃借し、同五六年二月当時一か月六〇万円の賃料を被告村田に支払つていたことが認められる。成立に争いのない乙第六号証のうちには被告新光重車輛サービスの支払賃料が月額五〇万円である旨の記載部分があるが、証人吉川晋平の証言内容及び弁論の全趣旨を併わせ考えると、右記載は誤記と認められるからいまだ前記認定を覆すに足りないし、ほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実及び本件建物の床面積(一、二階とも登記簿上の床面積四四八平方メートル)を参酌すると、昭和五五年二月一日以降の本件建物の相当賃料額は一か月一二〇万円、本件建物一、二階部分の相当賃料額はそれぞれ一か月六〇万円であると認められる。

二抗弁3について

原告は右主張を明らかに争わないから自白したものとみなされる。

してみると、被告村田が供託した一九五万円は、決定充当(民法四八九条一号)によつて、昭和五五年二、三月の各月に本件建物を占有されたことによつて蒙つた損害金合計二四〇万円に充当され、右損害賠償請求権は一九五万円の限度で消滅し、残額四五万円及び昭和五五年四月一日以降の賃料相当損害金はなお未払のままであるといわなければならない。

三抗弁4について

まず、本件建物の前所有者に交付した敷金返還請求権をもつて相殺する旨の被告らの主張は、被告村田が本件建物につき原告に対抗できる賃借権を有しないことは前判示のとおりであるから、原告において被告ら主張の敷金返還請求権を承継する理由がなく、採用の限りでない。

次に、費用償還請求権をもつて相殺する旨の主張は、被告村田が本件建物につき原告に対抗できる賃借権を有せず、また、留置権をも有しないことは前判示のとおりであるから、民法二九九条、六〇八条所定の費用償還請求権を自働債権とするものは、その発生を認めることができないし、また民法一九六条所定の費用償還請求権を自働債権とするものについては、右請求権は、占有物を返還する場合に認められるのに、本件では、被告村田において、本件建物の返還若しくはその提供をしたとの主張、立証がないので、いずれも採用できない。

第三結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告村田に対し本件建物の明渡並びに四五万円及び昭和五五年四月一日から右明渡済みまで一か月一二〇万円の割合による金員の支払を求め、被告桂田商事、同東海クリーンサービス、同新光重車輛サービス各自に対し本件建物一階部分の明渡及び同年一〇月二八日から右明渡済みまで一か月六〇万円の割合による金員の支払を求め、被告藤沢道場、同スポーツセンター各自に対し本件建物二階部分の明渡及び右同日から右明渡済みまで一か月六〇万円の割合による金員の支払を求める限度においては理由があるが、右の限度を超える部分は理由がないものといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求を右の理由のある限度で認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱の宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(山口和男 髙山浩平 野々上友之)

物件目録〈省略〉

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